「毎月家賃を払っているなら、中古でも買った方がいいんじゃない?」
賃貸暮らしをしていると、必ずと言っていいほど耳にする言葉です。
たしかに単純に計算すれば、仮に8万円の家賃(札幌の平均的なファミリータイプの賃貸)を毎月払っているとして・・・
8万円 × 12ヶ月 × 30年 = 2,880万円。
「そんなに払うくらいなら家を買った方がいい」という意見は、一見正しく見えます。

札幌市郊外なら、3000万円くらいで土地付き一軒家が購入できます。
でも実は、この計算には大きな落とし穴があります。
金融の世界では基本中の基本ともいえる 「割引現在価値」という考え方を使うと、見える景色がまったく変わってくるのです。
目次
きっかけは一冊の本
この考え方を知ったのは、山崎元さんの著書でした。
そこで紹介されていたエピソードはこうです。(一部数字などの細かい部分は変更しています)
大家さんから「この家を2,000万円で買わないか?」と提案された家族がいました。
その家族は家を気に入っており、今後も住み続けるつもりでした。
毎月8万円の家賃を単純に30年分足し算すると2,880万円。
だから「2,000万円なら絶対にお得だ」と購入を検討したのです。
この話に「なるほど」と思った方もいるかもしれません。

ずっと住み続けるつもりなら、絶対にお得だと私も思う。

単純計算なら思うよね。ここで登場するのが「割引現在価値」という考え方なんだ。
割引現在価値とは?
お金には「時間価値」があります。
今の100万円と30年後の100万円は同じ価値ではありません。投資すれば増えるし、インフレすれば価値は減ります。
そこで未来のキャッシュフローを「今の価値」に直して計算するのが、割引現在価値(NPV)です。

たしかに!昔100円あれば買えたものが、今は買えない。

経年で下がる家の価値と同じく、お金の価値も変化していくことを考えなくてはいけないんだ。
割引現在価値(NPV)に含まれるキャッシュフロー
NPVは
NPV = 将来のキャッシュフローの現在価値合計 − 初期投資額
という式で計算します。

将来のキャッシュフローに、投資して得られるであろうお金も含まれるの?

割引率には、「資本コスト」「期待利回り」など、自分が資金を使わずに投資していれば得られたであろう利回り(機会コスト)を反映します。
家の購入に当てはめる場合
購入 vs 賃貸、購入 vs 投資などを比較したいときに、将来のキャッシュフローに含めるものは、次のように整理します。
- 支出サイド(マイナスのキャッシュフロー)
・住宅ローンの元利返済
・固定資産税、保険料、修繕費
・購入時の諸費用 - 収益サイド(プラスのキャッシュフロー)
・将来売却した場合の売却益(残存価値)
・家賃を払わずに済むことによる節約分(=「みなし家賃」)
これらをすべて割引率で現在価値に直して比較する、というのがNPV的な考え方です。
さらに資産運用した場合のキャッシュフローは、割引率のほうに反映させるのが基本です。
つまり、投資しなかったことで失う利回りは、NPV計算の割引率に反映させるほうがスッキリします。

「もし家を買わなければ、そのお金を年利4%で運用できる」と仮定するなら、割引率を4%(+リスクやインフレ見込み)に設定して計算します。
①家のNPV=
(みなし家賃+売却価値)−(ローン・税金・修繕費)を割引率で現在価値にしたもの
②割引率には「物価・インフレ」「リスク」「資産運用の期待リターン(機会コスト)」を含める
③将来投資で得られるキャッシュフローを直接入れるのではなく、割引率に織り込むのが原則

少し難しくなってきたね…

もっと単純に考えよう。今、我が家は平均して年利4%で資産運用ができているよね?
この年利4%で運用できている現状をもとに、家賃の価値を計算していくと、
- 1年後に払う96万円(家賃1年分)は、今の価値に直すと約92万円
- 10年後の96万円は約65万円
- 30年後の96万円は約30万円

このように「未来の支払いほど軽く見える」というわけ。

ホントだ!お金の価値が変わってる!

シミュレーション:大家さんからの提案
ここで再度、書籍にあった大家さんからの提案を見ていきましょう。
毎月8万円、30年間の家賃を年4%で割り引いて現在価値に直すと、合計は約1,660万円 になります。
つまり「2,000万円で買う」ことは、単純計算で2,880万円払うよりお得そうに見えても、割引現在価値で比較するとむしろ高いということになるのです。

さらに固定資産税や修繕費がかかってきます。マンションの場合は、管理費や修繕積立費、駐車場代が別途上乗せされます。
書籍でも触れていましたが、なぜ大家さんが購入を勧めてきたか?という意図を察することが重要です。

なるほど。大家さんにとっては、ずっと家賃を払ってくれていた方がお得なワケだよね?

早急に手放したいよっぽどの事情がないかぎり、買い手にとって良心的な話はまずないと思った方がいいね。
大家さんや、仲介する不動産屋にとって有利な話だからこそ、商売になるのです。
見かけの数字だけに惑わされるのではなく、そのような打診がある「裏の意図」を汲み取ったうえで、冷静な判断をすることが重要だと書籍では説いています。
持ち家がない不安との向き合い方
とはいえ、老後に備えて「終の棲家」を持ちたいと思う心理はわかります。
これだけ「シェアサービス」が盛んになってきた現在でも、持ち家があることが「ステイタス」であり、「安心」である価値観はあまり変わっていません。

親や、持ち家がある友人からのプレッシャーを感じる人もいるかも。
でも考え方を変えて、もし本来住宅購入に使うはずの資金を投資に回していたらどうでしょう。
例えば、30年間を同じ年利4%で運用できていれば、いつでも家を買える資金を手元に育てておくことができます。
これはつまり、賃貸の自由さを楽しみながら、「必要になればいつでも買える安心」も持つ戦略です。また住居の縛りがないことが、環境や仕事において有利に働く側面もありました。
持ち家にある確かな価値
ここで大切なのは、「だから持ち家は損だ」という話ではないことです。
実際、数年前に立地の良いマンションを購入した友人は、現在の中古販売価格が購入時の新築入居価格よりも高騰しています。
また、お金の面だけではありません。
ルン家はずっと賃貸で生活してきましたが、次のような苦悩を味わいました。
- 生活音を気にして、子供をのびのび育てられなかった
- 庭でバーベキューや水遊びなどの体験をさせてあげられなかった
- 同じ集合住宅で、マナーに対する価値観が違う住人に悩まされた
- 子供に「どうしてウチは一軒家じゃないの?」と言われた
これらは賃貸住宅を選んできた代償です。(引っ越しに伴う費用も、これまでけっこうかかっています)
住環境に伴うストレスをなるべく減らして、家族全員が住みやすい居場所をつくることができるのはマイホーム派の最大の強みであり、素敵なお金の使い方です!
万が一経済的苦境に陥った時でも、「住む場所はある」という安心感も大きいでしょう。
大切なのは「数字×ライフスタイル×心理」
家賃 × 住む期間 で単純に損得を計算するのは誤りです。
割引現在価値という視点を取り入れると、賃貸は必ずしも損ではなく、合理的な選択であることがわかります。
そして持ち家にも、資産価値や安心感・理想の住環境という強みがあります。
結局のところ大事なのは、
この3つをどうバランスよくさせるかだと思います。

今回のように「割引現在価値(NPV)」という専門用語を知れたことは、私にとって目から鱗でした。
併せて「良い話には裏がある」という仕組みも、改めて知ることができました。
購入派も賃貸派も、どちらが得とかではなく、どちらもなるべく損をしないように理想の住まいで生活できることを願っています。
コメント